経済的成功は神の恩恵?キリスト教の倫理が資本主義の精神を形づくる
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この間、私はアメリカ人の友人から呼び出しを受け、寿司を食べてきました。要はただ単に寿司を食べるパートナーとして引きずり出されたのですが、偶然にも、ちょっと「労働」と「宗教」に関して考える良い機会になりました。
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アメリカ人から寿司屋に呼び出されたある日
「もう本当にストレスが溜まってイヤ・・・」
私を寿司に誘った彼女は、長い美しい金髪の髪を垂らして、うつむいていました。彼女と私はImprov(※)を通じて知り合った友人で、彼女は寿司が食べたくなるといつも私を呼び出します。彼女いわく、「日本人と食べる寿司は、アメリカ人と食べるよりおいしい」とのこと。
今晩も寿司を食べたいということで、近場の日本食レストランに呼び出されたのですが、何やらいつもより表情が険しいのです。どうしたのか尋ねてみると、私と共通の友人との間で金銭的に揉めているとのこと。
※improvについては『アメリカ版の漫才?即興コメディ「Improv」の魅力と面白さ』の記事にて詳しく紹介しています。
投資がきっかけのトラブル
彼女は私と共通の知り合いである某君の勧めもあって投資目的に家を購入したそう。その家の管理を某君がやり、彼女は家賃収入を得るという、よくある不動産運用からの家賃収入を期待しての買い物だったのですが、これが高くついたようです。
まず、古い家を購入したため内装の改築が必要でした。それでも、家の管理をよく知っていると自称する某君が家の工事を自身でやり、すぐに買い手がつくはずだったのですが、いつまで経っても完了しないのです。
弁護士の彼女は仕事が忙しく、それまで遠方にある家まで直接行くことはなかったのですが、最近、その家に行って驚愕したそうです。家の内装は剥がれ、地下室は水浸し、廃屋になりつつあったのです。
某君に理由を問い合わせてみると、彼は実際には何もやらず、水道光熱費の支払いもしていなかったことが発覚しました。ミシガンでは人のいない家では冬の間、水道が凍結するため水道を止めるのが普通なのですが、それをしていなかっため、水道管が破裂。それによって水道代が一万ドルにまで膨れ上がり、電気も止まっていたそうです。
この地下室の清掃だけでも多大な手間がかかるということで、彼女はストレスを溜め込んでいるらしいのです。
資本主義のアメリカ的な話
私は話を聞きながら、「ほら、簡単に働かないでお金を得ようとするからだよ・・」と諌めようかとも思いましたが、よく考えたら私も株式投資をしているので人のことをいえた義理ではありません。
それで思わず言葉を飲み込み、相手のバックグラウンドを思い返すと、彼女は両親がポーランドからの移民で、カトリックだったことを思い出しました。プロテスタントではなく、またその一派のピューリタンでもありません。でも彼女はアメリカで生まれ育っているから、資本主義の洗礼を受けているに違いありません。
また彼女は弁護士で頭も良く、一生懸命働きます。私の友人の中で一番お金持ちではないかと思うぐらい立派な家や車を持っているし、投資を通じて不労所得も得ています。
・・・そんなことを考えながら話を聞いていると、彼女の状況は非常にアメリカ的な話だなと思いました。
理解に苦しむ「救済予定説」
私は大学院時代、ドイツの社会学者であるマックス・ウェーバーの書いた『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を勉強しました。
しかし、宗教的な知識を十分に持ち合わせていなかった当時の私には、大変難しかった記憶があります。加えて、まだアメリカ生活も年数が浅く、書いてある要旨である「キリスト教の倫理が資本主義の精神を生み出したこと」を実感するまでに年月がかかりました。
ですが、一緒に寿司を食べに行った友人の話が、私には大変アメリカ的にしてキリスト教の影響のある話に聞こえました。ここでなぜか、その理由について説明していきましょう。
メチャクチャな理屈?の救済予定説
16世紀、マルチン・ルターが中心になったキリスト教の宗教改革はプロテスタントの源流になりました。この宗教改革によって、それまで一般的に読まれなかった聖書をドイツ語訳に翻訳し、グーテンベルグの活版印刷技術によって広がったという知識をお持ちの方も多いことでしょう。
ルターの起こした宗教改革の波はルター派とは別に、カルヴァンなどによる改革派を生み出します。この改革派はアメリカ建国の基礎になるピューリタンに発展するのですが、このカルヴァンが「救済予定説(predestination)」という概念を唱えているのです。
私は、この予定説には悩まされました。要は「救われるのか救われないのかは神様が決めていて、人間は知り得ないし、人間の善行なんぞ関係がない」という考えです。これは、生きている間にいいことをするから、天国に行けるんだという単純な考えを持っている私には受け入れがたいメチャクチャな理屈に思えました。
作家の阿刀田高氏も著書『旧約聖書を知っていますか』で同様の感想を述べていますし、同じような印象を持つ日本人は多いと思います。
どうせ救ってくれないなら、どーでもいい生活をしそうです。少なくとも、どうせ神様が救ってくれないのでしたら、私は毎日遊んで暮らします。しかし、ピューリタンの人たちはそうもならなかったみたいなのです。ここら辺の理屈展開が非常に難しく、私はマックス・ウェーバーの説明を読んでも理解不能でした。
日本人の宗教学者である橋爪大三郎氏の『世界がわかる宗教社会学入門』ではこう説明しています。
救済予定説は、人間に自由意志など存在しないという学説です。(中略)そこでむしろ、人間が信仰を持つか持たないかということ自体、神が決めていると考える。信仰心は、自分の主体性ではなくて、その人に信仰を宿らせた神の恩恵である。
- 橋爪大三郎著「世界がわかる宗教社会学入門」112ページ
という理屈ですから、当然信者は自分に信仰心があるかどうか、自問することになります。教会というコミュニティでは信仰心を誰が一番持っているかという競争的な側面もありますから、救われる人間は神の意向に沿う行いをするはずだということになります。
経済的成功は神の恩恵 → 資本主義精神へ
神の意向に邁進する「世俗内禁欲(この場合、他のことはせず、あることに集中するという意味)」、つまり信仰と職業での労働に集中し、そのプロセスは洗練され、経済的成功は神の恩恵ということになります。それは、資本主義の精神に発展していきました。
ここら辺の理屈は確かにキリスト教に馴染みのない日本人には分かりにくいと思います。私も本を読んだだけでは、ポカンとし、何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。
マックス・ウェーバーは、この信仰と労働への集中が資本主義の精神を形作ったと言っており、言い換えれば、現代の資本主義経済では、キリスト教信仰の有無を問わず、皆、キリスト教が生み出した経済の仕組みの中に組み込まれてしまうということになります。
「Calling(神の声)」が「職業」?
私は日本の中学時代の英語授業でのある思い出があります。「Calling」という単語が「神の声」という意味以外に「天職」という意味があると教科書に載っており、私には非常に奇異に思えたのを覚えております。
この天職には、教師やパン屋、靴屋などすべての世俗の職業が含まれており、神が人間に与えた任務ということです。実は、これはキリスト教からの概念でした。
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お金に対する宗教の姿勢
なぜ、こういった労働に関して私が注目をするのかというと、労働の対価である「お金」に対する姿勢は、宗教によって大きく異なるからです。
例えば、ユダヤ教と中世カトリックは金儲けは禁止といっています(小室直樹著『日本人のための宗教原論』)。高利貸しで有名なユダヤ商人シャイロックは、異教徒からお金を巻き上げました。中世カトリックでは、儲けを欲して儲けるのは禁止だが、結果として儲けるのは構わないということだったそうです。
イスラム教では利子が禁止
イスラム教では、金利を禁止しています。よって、イスラム圏には「無利子銀行」というものがあるそうで、欧米流に言えば投資銀行です。投資家から預かったお金を企業に無利子で貸し出し、ビジネスが成功したら配当を受け取り、預金者に配当。もし失敗すれば投資家は配当どころか、元本も失います。
配当も利子ですが、投資家がリスクを背負っている以上、コーランの教えには反していないのだそうです(『常識として知っておきたい世界の三大宗教』)
最後に
こうやって解説してみると、ただ単に私の友人が投資をしてトラブったにしても、実に奥深い背景がありそうです。彼女はポーランド系のバックグラウンドを持っていますが、アメリカ生まれのアメリカ育ち、ピューリタンの影響を知らず知らずのうちに受け取ってたんじゃないかと思います。
当然、一生懸命働いてお金を儲けることに罪悪感は感じておりませんし、不労所得からの収入まで見込んで投資までしておりました。私は彼女の話を一通り聞いて彼女が落ち着いた後、私が考えていたことを話すと、彼女は大変面白がっておりました。彼女は、法律にも宗教の影響が大きいことを指摘しました。
彼女の指摘通り、実は「律法」も一神教からの概念です。資本主義、民主主義、法律の根幹には宗教的概念があるため、宗教を無視して説明することはできません。社会を語る上で宗教の理解は不可欠なのです。特にアメリカはピューリタンが切り開いた国ですので、キリスト教からの影響が色濃くうかがえます。
その晩は気落ちした彼女を、知的な会話で元気づけることができ、大変楽しい晩餐にすることができました。幅広い知識は会話を充実させ、楽しいものにしてくれます。これから海外生活をなさる方は、基本的な宗教の知識を身につけてから、渡航なさることをお勧めします。
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この記事を書いた人
初めまして!日本の大学を卒業した後、米国の大学院に留学し漂流し続けること10数年。今年で米国生活16年目になります。お笑い好きの40男が加齢臭を漂わしながら、ミシガン州デトロイト近郊から海外生活と留学の知恵や経験をお届けします。