【弁護士に聞く】留学エージェントのトラブル5~適格消費者団体と留学エージェントの解約料を巡る訴訟
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『【弁護士に聞く】留学エージェントのトラブル』シリーズの第5弾です。第4弾では、国民生活センターに寄せられた相談・苦情を紹介しましたが、ここでは、苦情の中でも特に多い「留学エージェントの高額な解約料」に焦点を当てます。
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前回の記事『【弁護士に聞く】留学エージェントのトラブル4~国民生活センターに寄せられた留学エージェントのトラブル』で紹介したように、留学エージェントに関する相談・苦情の数は増加傾向にあります。
相談・苦情の中でも特に多いのが、「解約料」に関するものです。今回は、この解約料を巡る留学業界の現状を、弁護士に詳しく聞いてみました。なお、各留学エージェントによって、「取消料」「解約金」「キャンセル料」など呼び方は異なりますが、ここでは「解約料」と統一します。
解約料トラブル事例
まず、前回の記事内で紹介した解約料に関する相談を抜粋します。
事業者が刊行する雑誌のHPに希望を書いたら電話があった。美容関連の仕事をしながら語学留学をしたいと述べたらオーストラリアなら希望がかなうと勧められた。 まず申込みをと言われてオーストラリアで働きながら学ぶ語学留学1年間コースを申込み、15万円支払った。ところがその後は連絡が途絶え、1ヶ月半後に出発日を決めよとの電話があった。必要な準備や現地での生活に関する説明がなく事業者が信用できないため解約を求めたところ、既払金の7割を損料として請求された。(20歳代 女性 給与生活者)
4月に出発する留学を11月に契約。契約から7日後に都合が悪くなり、解約することにした。契約書を読むと契約金の2割の負担金と書いてあった。契約金額は108万円なので損料2割は高額である。納得できない。(20歳代 女性 学生)
一見どちらの事例も、留学エージェントの規約に則っており、それに署名をしてしまった以上は、エージェントが要求する解約料を支払うのが当然のように見えます。
実際に「この解約料は高すぎるのではないか?」と申込者から質問があった場合、留学エージェント側は「これは約款に記載してあることで、契約書(申込書)に署名をしたということは、そこに記載されている解約料の額に関しても合意したものとみなす」と返答される場合がほとんどだそうです。
エージェントと利用者の情報格差
約款に署名してしまったら、全て合意したことになってしまうのでしょうか?
弁護士に確認したところ、確かに、合意したことはお互いに守らなければならないのは、契約社会の大原則だそうです。しかし、そこには但し書きが付きます。それは、契約は事業者と消費者が「対等な状況」にあることが前提、ということです。
留学業界のケースで言うと、事業者である留学エージェントと消費者である留学希望者の間には、情報力などにおいて大きな差があります。留学プログラムや海外の学校、滞在方法等に関して、留学希望者よりもエージェントの方が多くの情報を持っていることは当然です。
また、実際に申し込みをする際に、約款に関して細かく説明されないことも多く、促されるがままに署名をしてしまったというケースも目立ちます。ここでも、約款に関する情報量に大きな差が生じています。
仮に、留学希望者が約款をじっくり読んで、解約料など気になる箇所があった場合でも、約款は留学エージェントが事前に作成し完成したものであるため、留学希望者が修正を求めてエージェントに交渉することは現実的に不可能です。約款の内容が不当だったとしても、留学希望者にとっては「契約をするか」「契約しないか」の選択肢しかないということになります。
消費者契約法
事業者と消費者間の情報量等による格差を是正するために、事業者が事前に定めた解約料について、解約によって事業者に生じる平均的な損害を超える部分については無効とすることが消費者契約法9条1号で定められています。
つまり、事業者は、解約によって受けた平均的な損害を消費者に請求するのはよいが、それ以上の金額を請求してはならない、解約そのものによって利益を得てはならない、ということです。
事例として挙げた2つのケースでも、留学希望者が解約を申し出た時に、実際の手配が進んでいたとは考えにくく、この解約により留学エージェントが被る被害は皆無に等しいと考えられます。それにも関わらず、申込金の7割や2割を解約料として請求するのは不当と言えます。
ワールドアベニューの解約料を巡る裁判
約款に定められた解約料が、消費者契約法に違反するとして、実際に裁判で争われた事案があります。
2011年9月14日、適格消費者団体(*)「消費者機構日本」が、留学エージェント「株式会社ワールドアベニュー」に対して、解約料の設定について差止めを求める訴訟を起こしました。
*適格消費者団体とは、被害額が少額だが、被害者が多数にのぼるサービスを提供している事業者に対して、被害者に代わって訴訟を提起することができる団体。被害額が少ないと、訴訟費用や弁護士費用から泣き寝入りせざるを得なくなるケースを防ぐことを目的とし、消費者契約法において認められ、平成19年から施行されている。
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訴訟の背景
解約料は、大学進学・長期語学留学・短期語学留学・ワーキングホリデー等プログラム内容により異なりますが、ここでは長期語学留学を例に挙げて紹介します。
ワールドアベニューは、長期語学留学の申込金を9~12万円に設定し、申込金は一切返還しないと定めていました。
申込金というのは、下記の留学エージェント自身が提供するサービスへの対価の一部で、語学学校に支払う授業料や滞在費は含まれません。
留学エージェントが提供するサービス:
i) 留学カウンセラーとの相談による学校選択
ii) 留学に関する資料の配布や担当スタッフによるアドバイス
iii) 留学先に対する留学申込手続き等の代行(ア. 入学手続き、イ. 滞在先手続き、ウ. 渡航手配手続き、エ. 留学費用の支払い、オ. 海外留学保険加入手続き代行、カ. ビザ取得のお手伝い等)
つまり、約款に署名をした申込み翌日に解約を申し出た場合の解約料は、申込金と同額になります。
この約款内容に関して、消費者機構日本が裁判外で改善を求めたところ、ワールドアベニューは、次のように約款を変更しました。
- 契約日から7日目まで、解約料はかからない
- 8日目から19日目まで、解約料は3万円(申込金に対する割合25~33%)
- 20日目から29日目まで、解約料は4万円(33~44%)
- 30日目以降、解約料は申込金全額(9~12万円、100%)
おそらく、他の大手留学エージェントの基準を採用したものと思われますが、消費者機構日本は、求める水準に達していないとして、差止訴訟に踏み切りました。
差止め請求内容
ワールドアベニューが定めている約款に記載されている「契約解約時の取消料の設定」の差止め。
留学エージェントが契約直後から提供するサービスは、
i) 留学カウンセラーとの相談による学校選択
ii) 留学に関する資料の配布や担当スタッフによるアドバイス
の2つのみで、留学エージェントとして日常的に情報収集しているから、留学エージェントに生じる平均的損害は、担当スタッフの人件費程度で、約款に定められている解約料は不当である。
訴訟の結果
訴訟は、2012年11月5日、消費者機構日本の主張がほぼ認められる形で和解により終了しました。それにより、ワールドアベニューの解約料の規定は次のように変更されました。
契約日から算定して
・契約日から8日目まで、解約料はかからない
・9日目から60日目まで、解約料は申込金の10%(9,000円~12,000円)
・61日目以降、解約料は申込金の30%(27,000円~36,000円)
出発日の前日から逆算して
・90日目以降、申込金の50%(45,000円~60,000円)
・60日目以降、申込金の70%(63,000円~84,000円)
・30日目以降、申込金の80%(72,000円~96,000円)
・7日目以降は、申込金の100%(90,000円~120,000円)
特に、9日目から60日目までの解約料が、ワールドアベニューが当初提示した解約料よりも大幅に抑えることができました。
この裁判結果はワールドアベニューに対してのみ適用されたものですが、公益を代表する適格消費者団体が裁判を通じて和解に持ち込んだ事実は、今後、同様の裁判が行われた際に、極めて重要な基準となります。
つまり、他の留学エージェントがこれ以上の解約料を設定していたとしても、無効になる可能性が高いということです。
進まぬ自主規制
しかしながら、ワールドアベニューの裁判を受けて解約料の見直しを行った留学エージェントは少ないようで、大手の留学エージェントの解約料を確認してみても、未だにワールドアベニューの和解基準には達していないところがほとんどです。
法規制がない留学業界を自主規制する目的で作られた業界団体の一つJAOS(一般社団法人海外留学協会)が作成したモデル規約ですら、ワールドアベニューの和解基準に達していません。
契約日から算定して
・契約日から8日目まで、申込金の0%
・9日目以降、申込金の30%(ワールドアベニューの和解基準では10%)
授業開始の前日から逆算して
・90日目以降、申込金の50%
・60日目以降、申込金の70%
・30日目以降は100%(ワールドアベニューの和解基準では80%)
なかには、JAOSの正会員にも関わらず、JAOSのモデル規約の水準にすら達していない留学エージェントもありました。
留学業界の自主規制は、到底進んでいるとは言えません。大手留学エージェントの倒産、ワールドアベニューの訴訟を経てもなお、この状況ですから、留学業界内の団体による自主規制には限界があると言えそうです。やはり、他の業界同様、留学業界にも早急な法規制が必要です。
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この記事を書いた人
訪問国数44ヶ国、現在スペイン在住。留学・語学学習・海外生活の知識が深まる情報を海外からお届け。