ミシュランに憑かれた天才シェフ「ベルナール・ロワゾー」の悲劇
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店側が好む、好まないに関わらず、レストランに及ぼすミシュランの星の影響力は大きいようです。今回は、ミシュランに憑つかれた天才シェフの悲劇をお話しします。
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ミシュランの星の影響力
演劇の世界は、評論家の一言で興行成績が左右されてしまうものです。西欧ではレストラン業界においても、料理評論家の論評が集客数を左右する風潮があります。
まさに、ミシュランの星は料理評論家の論評に匹敵するものかもしれません。ミシュランなんて、たかが一冊の本です。「他人の評価に踊らされたくない」そう考えている料理人もいます。しかし、星の獲得によって来客数が大幅にアップする現象が起きているのも事実です。
ミシュランの星に憑かれた料理人「ベルナール・ロワゾー」
ベルナール・ロワゾーは学校の勉強は不得意でした。16歳の時には進級試験で20点中7点で落第。親の勧めで親戚が経営する菓子店で働き始めます。その後、ロアンヌにあった高級レストラン「トロワグロ」に見習いに入ります。
1971年に兵役の為に仕事をやめます。除隊後、事業家でレストランを複数所有していたクロード・ヴェルジェと知り合い、パリにある一つの店を任されます。
ロワゾーの類まれな料理人としての才能と努力で、1974年にはフランスのレストラン・ガイド「ゴー・ミヨ」から20点満点中15点を獲得、将来有望とコメントされます。オーナーのヴェルジェは彼の才能を確信しました。
「ラ・コート・ドール」の再建へ
クロード・ヴェルジェは、1975年にブルゴーニュ地方の街ソーリューにあったレストラン「La Côte d'Or(ラ・コート・ドール)」を買収し、ロワゾーに料理長を任せます。
実は、この「ラ・コート・ドール」は、ミシュランの3つ星レストランでした。当時、フランス料理の巨匠であったアレクサンドル・デュメーヌ氏がオーナーシェフを務めていたレストランだったのです。
しかし、デュメーヌ氏の引退後は2つ星に。さらに、ヴェルジェの買収によりシェフが辞任し、ミシュランの星はすべて剥奪されてしまったのです。ちなみに、このレストランはオーベルジュ(※)です。
※オーベルジュ
宿泊施設を備えたレストラン。フランスには郊外に土地の素材を使用したレストランが多く存在しますが、料理にワインはつきものです。飲酒後に長距離を運転して帰る訳にも行かず、宿泊設備を備えたレストランが多く誕生しました。
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ヌーベル・キュイジーヌの発想
ヌーベル・キュイジーヌ(nouvelle cuisine)とはフランス語で「新しい料理」を意味します。フランス料理の新しい傾向であり革新的な調理法のことです。
ロワゾ―氏は、従来のフランス料理よりも調理時間を短縮し、ソースにも生クリームやバターをあまり使わない調理法を考えていました。そして、バターやクリーム、オイルを使用せずに水を使う調理法を考案し、自らの料理を一時期、「キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)」と名付けます。この調理法が、フランス料理界の革命だと話題を呼びます。
3つ星に向かって
ロワゾー氏はこの店を再び3つ星にすることを目標に努力します。1977年にはミシュランの1つ星を獲得。その後、1980年には事業から引退したヴェルジェから店を買い取り、オーナーシェフとなります。
しかし、数々のグルメガイドが彼の料理を称える中、ミシュランだけは最高の3つ星を与えてくれません。そこで、彼は1年間店を閉めて最高級の食材やワインを探す旅に出る決断をします。
1年後に戻ってきたロワゾー氏は勝負に出ます。約300万ドルをつぎ込み全てをリニューアルして、新たなスタートをきります。そして・・・1991年に念願のミシュラン3つ星を獲得。16年間の苦労がようやく実ります。
売り上げも倍増、世界中からお客が押し寄せます。当時のミッテラン大統領や映画俳優のロバート・デ・ニーロも訪れる人気店になりました。さらには、フランスの最高勲章(レジョン・ドヌール勲章)も受章するという至極の時を迎えます。
ミシュラン3つ星の重圧
やっと念願の3つ星を手に入れましたが、皮肉にも今度は3つ星を失う恐怖感が芽生え始めます。常連じゃない客が店に訪れるたびに、ミシュランの調査員じゃないか脳裏をよぎるようになります。
妻のドミニクさんの話によると、パイポーラ(精神疾患)とうつ病を患うまでになってしまったそうです。3つ星獲得の翌年1992年に日本初出店のために再三、神戸を訪れていますが、その時すでに重度の不安発作に襲われていたそうです。
そして、ついにロワゾー氏が恐れていたことが起こります。ミシュランではありませんが、2003年版のレストラン・ガイド「ゴー・ミヨ」で、自分のお店の評価が20点満点中、以前は19点だったのが17点に下がってしまったのです。
その年の2月24日、ロワゾー氏は自宅で、猟銃で自身の頭を打ち抜いて自殺します。ミシュランの発表の1ヶ月前の出来事でした。
彼の死後に発表されたミシュランガイドには、「ラ・コート・ドール」に3つの星が並んでいました。
ベルナール・ロワゾー氏が亡くなった後、奥さんは店名を「ル・ルレ・ベルナール・ロワゾー」と改めました。シェフはロワゾー氏の下で20年働いてきたパトリック・ベルトロン氏です。彼はベルナール・ロワゾー氏の料理を継承し、2015年の現在に至るまで、ずっと3つ星を維持しています。
LE RELAIS BERNARD LOISEAU の基本情報
住所: 2 Rue d'Argentine, 21210 Saulieu, France(Hotel Le Relais Bernard Loiseau 内)
電話: 03 80 90 53 53
時間: ランチ 12:00 - 13:15 / ディナー 19:00 - 21:15 / 火、水曜定休
URL:http://www.bernard-loiseau.com/uk/index.php
最後に
ミシュランの星に限らず、人間は守るものの存在(家族や名誉や従業員など)ができると、さまざまな重圧がのしかかってくる局面を迎えることもあるかと思います。押しつぶされることなく、自分の星をつかみ取ってください。
※ベルナール・ロワゾー氏についてもっと詳しく知りたい方は、ウィリアム エチクソン (著)「星に憑かれた男」を読んでみてください。ロワゾ―氏の野心と情熱を知ることができます。
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この記事を書いた人
日本の大学を卒業後に、フランス、イギリス、アメリカを渡り歩き、気がつけばセブで生活をしている50代半ばのオッサンです。酒とビリヤードを愛する男。セブでは、日本人よりフィリピン人のほうが友達は多いです。ちょい悪オヤジになりきれない、か弱いオヤジ。今までの経験を通して、私らしい情報発信ができれば幸いです。