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アングロ・ヨーロピアン・スクール・オブ・イングリッシュ

「タテとヨコ」の人間関係の違い?私のイギリスでの語学研修体験記

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1996年、私は初めてのイギリスでの英語研修のためにチチェスターに赴きました。在籍していた大学での語学研修の一環だったのですが、当初この体験が自分の人生に影響を与えるとはまったく思っていませんでした。20年近くが経った今、当時20歳そこそこの花も恥じらう青年だった(?)私を思い出してみたいと思います。

チチェスターに到着

生まれて初めて乗るジャンボジェット機に揺られ、遠い異国であるイギリスはロンドンのヒースロー空港に降り立った私は、大学の他の連中と一緒にバスに乗り込みました。

目指すはロンドンは南に位置するチチェスター。この名前も聞いたことのない街で1ヶ月間の英語コースに参加するためです。現地でホストファミリーにお会いすると、とても印象がよく、私はすぐにご家族が好きになりました。

レッスン初日

翌日から英語研修が始まりましたが、すぐに自分の甘さに気づきました。まったく授業についていけない自分。40人クラスに慣れている自分に10数人のクラスは密度が濃すぎ、ぼーっとしているわけにもいきません。周りのヨーロピアンの学生は発言を積極的に行います。

“What do you think?”

と先生が私に発言を求めてくるのには、特に参りました。
日本では設問の答えを先生が問いただすことはあっても、この主人公の行動についてどう思う?など、脇道にそれた質問はあまりしてきません。

文章問題の内容が理解できても、その主人公の行動について英語で意見をまとめる練習なぞしたことはありませんでしたから、頭はパニックです。

先生が、”What do you think?”と聞いてくる度、「お前が先生なんだから、お前が答えろや!」という私の心の叫びも虚しく、初日は完敗し、泣く泣く授業を後にしました。

発言できないのは英語力の問題?

その晩、同じ大学からの仲間とパブで飲んでいると、隣の席の仲間がポツリとつぶやきました。

「英語ができないから、発言できない。」

うっかり頷いてしまったのですが、なぜかこの言葉に非常に引っかかるものがあります。ホームステイ先に帰って考えてみると、授業のスタイルが日本と全然違うことが頭のなかでまとまってきました。

日本と異なる授業スタイル

日本では板書中心、席は先生に向かって40人が座り、一行ずつ順番にテキストを日本語に訳していくのが典型的なスタイルでした。この異国の地では、十数人の生徒が先生を囲むように座り、先生は一人ひとりの名前を憶えて、ピンポイントで当ててきます。

日本では自分の席順から見当をつけ、先生の順番式一行ずつ翻訳要請絨毯爆撃を回避する事が可能でしたが、パトリオット・ミサイルの如くピンポイントで当ててくるこの地では、この戦術はまるで役に立ちません。

また違うのがヨーロッパからのクラスメートの授業に対する姿勢でして、積極的に回答をし、間違えても気にしていない様子です。中には間違えても自分の答えを主張し、重戦車並みに突き進もうとする輩もおり、先生が制止するぐらいです。

この違いがいったいどこから来るのか、見当がつきませんでしたが、このままでは私の玉砕間違いありません。

先生に当てられ慌てふためく姿をクラスメートに鼻で笑われ、私は公衆でストリップでもしかねない危険な心境の毎日です。あてつけで手首を切る前に、何とかしなくてはなりません。

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対策を練る

ですが、希望の光がないわけでもありませんでした。
文法の簡単なテストがあり、返却されると私の点数は ”90%” つまり90点。隣りに座るペラペラとしゃべる某国の高校生君の点数をこっそり覗くと”70%”とあり、意外な印象を持ちました。文法理解はまだマシなのかもしれません。

では何ができるのか。
数日が無為に過ぎましたが、対策を打ち出しました。

1.常に紙と鉛筆を持ち歩く
聞き取りができないのと、しゃべっても発音が下手なので通じない唖者同然ゆえ、常に紙と鉛筆を持ち歩き、コミュニケーションの一助にす。

2.宿題は必ずこなす
文法問題が多いので対策が容易なること好都合。答え合わせの時だけ発言し、普段の影の薄さを誤魔化すべくアピール作戦に出る。

3.文法授業で戦う
午後の授業は選択制なので、会話の授業を取らずに、文法授業に固執。文法の授業でも発言を求められるので、会話はそれでよしとし、逃げと守りに徹する。あえて初戦は会話授業への神風特攻はしない。

4.徹底的な予習
テストの範囲をこっそり事前に先生に聞き徹底的に予習、出来る限り高得点を取得するように心がけ、喋れないのではなく”あえて”分かっていても、しゃべらないキャラであるフリをする。

以上の対策を立てました。
非常に幸いなことにホストファーザーが元小学校の校長先生だけあり、私の対策に賛同してくれ、宿題を終了後、チェックしてくれることになりました。

対策の効果

Nativeが私の宿題を直してくれるのですから、間違いがあるわけがありません。
堂々と自信を持ち、答え合わせの際に発言し始めると、徐々に小馬鹿にしていた周囲の雰囲気も変わってきました。またテストの返却の際、私がまた一番出来たと先生が持ち上げてくれたのも幸運でした。

大きな変化があったのは三週間目です。
とあるイタリア人の同い年の学生に声をかけられヨーロピアンの学生と初めてパブに行きました。私の英語力が最も劣るのは明らかでしたが、紙と鉛筆を使い、会話の補助にしつつ、楽しい晩を過ごせました。

以来、このイタリア人の学生とは20年の付き合いになり、イタリア、日本、アメリカの地で再会しています。

日本でも学生は発言しない

この時の私個人の感想ですが、留学の際、日本人が授業中発言しない理由を、「英語ができないから、発言できない」と求めるにはムリがあると思います。なぜなら、日本でも学生は発言しないからです。

ヨーロピアンが発言する理由が、ただ単に授業の人数が少ないからであれば、日本のゼミも少人数ですので同じ状況になるはずです。ですが、実際は私のゼミでも皆、お通夜のごとく静かで言葉は交わしますが、公での発言は避ける傾向があります。

日本はタテ社会の人間関係

何かのヒントを探していたところ、本屋で中根千枝著の「 タテ社会の人間関係 (講談社現代新書) 」を見つけました。

この本は、日本での上下関係のタテ、西洋社会の横の人間関係をヨコとまとめ、日本は 《「場」によって構成される順序:年功序列が大切な社会》 と説いています。

この本の初版は、1967年刊行、私が読んだときはすでに1996年、現在の2015年に読んだとしても、読者に含蓄のある示唆を与える名著と思っています。

アメリカやイギリスなどの西洋社会に留学をして、私と同じような疑問、体験を得られた方はこの本をお読みになられることをお勧めします。

実は、この本は「 タテ社会の力学 」、「 適応の条件 」で三部作になっています。
これから留学をされる方は「適応の条件」からお読みになられたほうがいいかもしれません。最も読みやすく、タテ社会に慣れた私達がヨコ社会にどう、適応していったらいいのかというヒントが得られるかもしれません。

最後に

このイギリスでの英語研修では最終的には私の努力が報われ、多くの友人を得ることができました。あの時の楽しい思い出がなかったら、私はきっと留学をしていなかったと思います。そういう意味でこのイギリスでの体験は私の人生に大きな影響を与えてくれました。

現在、米国に在住していますが、当時購入した「タテ社会」シリーズの本は今でも米国の私の寝室に置いてあります。

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